井伊谷周辺の井伊直虎ゆかりの地


井伊谷は井伊氏の拠点となった地で、現在も井伊氏にゆかりのある史跡が残っています。

徒歩で行ける距離に10つほどのスポットがあるので、それらの概要を紹介します。

Sponsored Link

井伊谷の井伊氏スポットの移動所要時間

井伊氏居館跡 →徒歩3分→ 井殿の塚 →徒歩3分→ 井伊谷城跡 →徒歩15分→ 渭伊神社 →徒歩5分→ 天白盤座遺跡 →徒歩5分→  妙雲寺 →徒歩10分→ 龍潭寺 →徒歩1分→ 井伊谷宮 →徒歩5分→ 共保公出生の井戸

 

点在する井伊氏ゆかりのスポットは、ご覧の通り徒歩で行ける距離にあります。

いくつかだけ巡るのもよし、すべて巡るのもよしです。

 

井伊谷にある井伊氏ゆかりのスポット一覧

Sponsored Link

井伊氏居館跡

井伊氏居館跡(いいしきょかんあと)は、井伊家の歴代当主が生活していた屋敷の跡で、現在は引佐町第四区公民館が立っている。

そのため屋敷の面影はありません。

公民館の前には、井伊家歴史に書かれた説明板が設置されています。

 

井伊直政が生まれたのは1561年ですが、その翌年(1562年)まで居館は使用されていたようです。

幕末に井伊直弼もこの地を訪れたとか。

 

 

井殿の塚

井殿の塚(いどののつか)には、1544年に今川義元に謀反の疑いでうち取られた井伊直親の父・井伊直満(なおみつ)と

その弟・井伊直義(なおよし)の供養塔があります。

 

今川義元に讒言(ざんげん)をしたのは、井伊家老の小野政直です。

 

井殿の塚の側にはタブの木がありますが、これは当時、供養のために植えられました。

 

 

井伊谷城跡

井伊谷城跡(いいのやじょうあと)は、井伊家の城跡です。

井伊直虎が城主をつとめた城が、この井伊谷城です。

 

ふもとから山頂まで遊歩道が整備されていて、片道の所要時間20分程度で山頂まで行けます。

土塁の遺構も見られます。

 

 

渭伊神社

渭伊神社(いいじんじゃ)は井戸や井水の神様を祀る神社です。

井伊家の祖先・井伊共保(いいともやす)が生まれたとされる1010年以降、井伊谷で信仰されてきたそうで、

井伊氏の発祥とともに、井伊氏の氏神となりました。

 

もともとは龍潭寺の境内にあったそうで、南北朝時代に現在の場所へ移りました。

 

 

天白盤座遺跡

天白盤座遺跡(てんぱくいわくらいせき)は渭伊神社の裏手にあります。

巨石が点在していて、高さ7メートルもある岩もあり、これは古墳時代の祭祀場だったそうです。

 

 

妙雲寺

妙雲寺(みょううんじ)は井伊直虎の菩提寺のひとつです。

井伊直虎が晩年を過ごしたお寺です。

 

直虎の戒名は「妙雲院殿月泉祐圓大姉」です。

もともとは自耕庵という名前のお寺でしたが、直虎がなくなったあと、直虎の戒名にちなんで妙雲寺に改められました。

 

 

龍潭寺

龍潭寺(りょうたんじ)は733年に僧・行基によって開かれたとされる古刹です。

 

井伊家の菩提寺で、戦国時代に南渓瑞聞(なんけいずいもん)が住職を務めました。

井伊直虎が出家したのは、この龍潭寺で、境内には直虎が晩年を過ごした松岳院跡地もあります。

 

小堀遠州(こぼりえんしゅう)が作庭した池泉観賞式庭園(ちせんかんしょうしきていえん)も見どころです。

 

 

井伊谷宮

井伊谷宮(いいのやぐう)は龍潭寺の近くにある神社です。

南北朝時代に井伊谷城を拠点に活躍した後醍醐天皇の息子・宗良(むねなが)親王をご祭神としています。

 

井伊直虎にちなんだ、手鏡守や絵馬があります。

創建されたのは、1872年と比較的新しいですが、境内には井伊直虎や直政の祖先を祀る井伊社というお社があります。

 

 

共保公出生の井戸

平安時代中期に「井の国」を築いたとされる井伊家初代・井伊共保(ともやす)が生まれたと伝わる井戸です。

「井伊氏祖備中守藤原共保出生之井」という石碑が立っています。

 

井伊家の家紋は、井戸の形から生まれたんだとか。

Sponsored Link


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です