清水寺本堂の舞台の高さや建築構造は?柱の数が多くて釘がない造り?

清水寺本堂

「清水の舞台から飛び降りる」ということわざや「檜舞台」という言葉で有名な清水寺の本堂。

 

京都を代表するこの建物は、1952年(昭和27年)には国宝に指定されていて、歴史的な側面だけではなく、その建築においても非常に興味深い建物なのです。

 

この記事では建築物としての観点から舞台を含む清水寺の本堂についてご紹介します。

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清水寺本堂の概要~高さや大きさは?

清水の舞台

清水寺本堂の舞台

まず最初に清水寺本堂はどんな建物なのかを説明しましょう。

 

現在の清水寺本堂は江戸時代の初期である1633年に徳川幕府3代将軍、徳川家光の寄進によって建立されたものです。

 

これは1629年に清水寺が全焼したのちに再建されたもので、以来約400年、幾度かの改修、修繕工事を繰り返しながら、現在にその姿を誇っています。

 

 

では清水寺の本堂の大きさはどれぐらいなのでしょうか。

 

 

本堂自体は奥行き(桁行)が約16mで横幅(梁間)が約12.6mですが、

軒下の壁から庇(ひさし)のように突き出した裳階(もこし)や清水の舞台を含む翼廊(よくろう)を加えると、

全体で正面が約36m、側面が約30m、そして棟高が18mと壮大な建造物になるのです。

 

 

 

そして清水寺本堂といえば、清水の舞台ですが、その高さは約12mでビル4階分に相当するとされています。

 

舞台の面積は約190㎡もあり体育館のアリーナがすっぽり入るほどの大きさなのです。

 

 

清水寺本堂は全て木造で建築されており、実は釘が一本も使われていないのです。

 

これだけ大きな建造物が木だけでしかも釘を一本も使われていないとは驚きですね。

 

 

これはもはや日本の建築技術の伝統といっても過言ではないでしょう。

 

 

ここからは、清水寺本堂に見られる建築の特徴について紹介していきます。

 

日本の伝統技術が光る〜檜皮葺きが美しい大屋根

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清水寺本堂の大屋根は、日本古来の檜皮葺き(ひわだぶき)の美しさが特徴的です。

 

檜皮葺きとは読んで字のごとく檜(桧=ひのき)の皮を薄く剥いで重ね合わせていく工法の屋根材です。

 

その特徴として、仕上がりの美しさの反面、材料の入手や施工の手間のかかるので高級な屋根材とされています。

 

 

 

そのため、他の植物性の屋根材である茅葺きが庶民の屋根、そして板葺きや柿葺きが貴族や武士の屋根として用いられているのに対して、檜皮葺きは格式の高い神社、仏閣や御所など貴族の中でも特権階級の者の住居にのみ用いられた屋根材なのです。

 

 

清水寺本堂の他にも伊勢神宮や出雲大社などでも檜皮葺きが用いられいます。

 

 

しかしながら近年、檜皮を採取する技能者である檜皮師(ひわだし)の人材不足や檜皮自体を採取できる量が減少しています。

 

清水寺の本堂で現在行われている「平成の大修理」においては、なんと工事を開始する6年も前から屋根の吹き替えに必要な檜皮の調達を開始したほどなのです。

 

 

また檜皮は植物性の屋根材の中で、もっとも火がつきやすいのも特徴です。

 

 

清水寺本堂は江戸時代初期に現在の姿で再建されるまで、何度も火災に見舞われています。

 

幸い再建後は約400年間、火災に見舞われることはありませんでしたが、今でも定期的に屋根の檜皮に水をまくなど火災から本堂を守る努力をしています。

 

 

 

檜皮葺きの屋根は、約50年に1度程度は葺き替えが必要とされています。

 

これは茅葺きなど他の植物性の屋根材と比べれば長い期間ですが、瓦葺きに加えると補修に手間がかかるものです。

 

しかも清水寺本堂のように大きな檜皮葺きの屋根となるとその期間も長くなります。

 

 

現在行われている「平成の大修理」も実はこの屋根の葺き替えが中心ともいえ、現在本堂に木製の足場を組み上げて全体を覆い、屋根の葺き替え工事を行なっています。

 

 

前回の「昭和の大修理」は昭和42年(1967年)ですから、まさに屋根の葺き替えに合わせて清水寺本堂の補修を行なっているといっても過言ではないでしょう。

 

舞台を支える柱には釘が1本も使われていない〜その立地から考えられた清水の舞台

懸造の清水寺本堂

懸造の清水寺本堂

「清水の舞台」は本堂の前にせり出した「懸造(かけづくり)」といわれる構造です。

 

清水寺は音羽山の山肌に建てられており、山の斜面にせり立つような建造物です。

 

このような建物は、山形県の山寺や奈良県の長谷寺、滋賀県の石山寺の本堂にも使われています。

 

懸造の長谷寺本堂

懸造の長谷寺本堂

懸造の石山寺本堂

懸造の石山寺本堂

懸造の石山寺本堂

懸造の石山寺本堂(斜面の上に建っていることがわかる)

 

 

清水の舞台はまさに舞楽などを奉納す舞台として使われ、舞台の両脇の翼廊は楽舎として使われます。

 

歌舞伎などでよく言われている「檜舞台」という言葉もこの清水の舞台に端を発しています。

 

その言葉に優るとも劣らず、その面積は190㎡にもおよび畳にすれば約100畳の広さになります。

 

 

 

 

ではなぜこのような舞台が清水寺の本堂に作られたのでしょうか。

 

その理由として、清水年々日本の人口が増加するとともに、清水寺を詣でる人も増えたことがあげられます。

 

つまり参拝者が増えてくると、楼門の下まで参拝者が列をなして参拝する順番を待つといったこともあったようで、その混雑解消のために舞台を造る話が持ち上がったとされています。

 

 

さらに清水寺の立地の面からも理由があったのです。

 

古来、清水寺の本堂は、山の斜面を切り崩して建立されていますが、当時の技術力では山肌を削りとるために相当な労力と時間がかかるため、本堂にせり出した舞台を作ることで大幅に工期を削減することができたのです。

 

 

また清水寺が建立されている音羽山という地は、古くから神聖な場所としてその景観が保たれてきました。

 

音羽山には神々が住んでいるとされ、山を削ってその神々がお怒りになってはいけないということから人口の土台である舞台を作ったとも言われています。

 

 

清水の舞台にはなんと釘が1本も使われていません。

 

前述の通り、清水の舞台の高さは約12mでビル4階分に相当するとされています。

そして舞台の面積は約190㎡にものぼります。

 

これを舞台下で78本、本堂全体での172本の柱で支えているのです。

 

またケヤキ材を切り出されてできたこの柱は大人ひとりでは抱えきれない太さがあり、それを1本1本、16角に加工して、直径約2.3mの1本の柱にして仕立てているのです。

 

そしてこの柱を渓谷の傾斜に合わせるようにして巧みに柱を配置し、縦、横にはおおよそ均等間隔で並べ、ヒノキでできた「貫」と呼ばれる厚板を通して接合して、足元を崖の傾斜に沿わせることで釘を全く使わず舞台を設置しているのです。

 

 

 

 

また舞台の足元は地面と柱の間に石を敷いて、舞台の地面との間をうまく取り持っています。

 

そしてこれらの石は隣の柱の足元と連絡するような面積の広い石に加工してあり、上部から加圧を地面全体に逃がすことできます。

 

これも先人たちの創意工夫による卓越した技術の賜物ともいえるでしょう。

 

 

現在清水寺では「平成の大修理」が行われています。

 

その修理には先人たちの技と工夫に加えて現代の建築技術もさまざまな箇所で生かされているのです。

 

そしてこの先も長く日本人に愛される清水寺を後世に伝えていくことでしょう。

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